The Ashen Archive

第3日 大分断後312年霧月3日

天の傷痕の下に記す、リーチの年代記

魔物録

安らがぬ死者

大分断以来に起き上がる死者について、その姿、振る舞い、そして生者の耐え方を記す文書館の中核の記録。

安らがぬ死者とは、埋葬された場所に留まらない死者のことである。最初の明確な起き上がりの記録は、大分断の後の灰色の年月に遡る。飢饉が村を埋葬の手が追いつかぬほど速く空にした頃、遺族は戸口に新たに死んだ者が立っているのに気づいた。写本の挿絵が描くような、ひとつの心を持った飢えた群れというわけではない。多くは、眠りのうちに失くした道を探すかのようにさまようだけである。名も親族も分からない。それでも彼らは息、灯火、音楽のほうへ集まる。そして望むものから阻まれると、その穏やかさは一度に崩れ去る。

姿

安らがぬ死者の身体は、死の直前の傷と痩せ衰えを保っているが、腐敗は止まるのではなく遅くなるだけのようである。肉は灰色になり、唇は引きつれる。爪の隙間の泥は、雨でどれほど洗われても落ちない。多くは埋葬されたときの衣をまとっているが、戦没者は錆びた鎖帷子をつけて起き上がり、疫病の死者は墓穴の覆い布をまとっている。目撃者が一致して語る細部は一つだけで、ほかにはほとんど一致しない。生きた何かが近づくまで眼は虚ろで、そのとき首が肩より先に向きを変える。獲物の匂いを捉えた猟犬のように。

多くは生前の身体以上に強いわけではなく、起き上がった虚弱な祖父は依然として虚弱である。しかし文書館には、より大きく古い存在の報告も残っている。自分のものではない骨をまとう墳墓の死者、口に水草をくわえて西の浅瀬から這い上がる溺死の水夫、そして身体の内に複数の脊椎を縛りつけて歩くとされる髄負いである。これらが真の種なのか、それとも異なる距離で同じ悲しみに与えられた恐怖の呼び名にすぎないのか、灯守団のどの帳簿も決着をつけていない。

習性

彼らはまず生者に引き寄せられ、次に火に、そして歌に惹かれる。戸を閉ざした小屋は何週間も素通りされることがあるが、同じ家でも、子どもが夕暮れに歌えば、月の昇る前に門の前に3体の影が立つこともある。だから北部辺境では通夜の火を低く保ち、ヴァロウの古い埋葬讃歌も、今では歯を食いしばって口ずさまれるか、まったく歌われなくなった。蒼白聖座は、死者が近いときには大声で詠唱するよう布教者たちに命じているが、それを反抗と呼んでいる。一方、グラスメアに近い村人たちは、それを死者への餌やりと呼ぶ。

  • 安らがぬ死者は眠らないが、厳しい霜の中では動きを失い、雪解けまで硬直して立ち尽くすことがあり、それによって冬の街道を救われたことも一度ではない。
  • 流れる水を避けるという民間の信仰ほどには避けない。それでも多くの者は、灰、塩、鉄屑で示された境界線を越えようとしない。
  • 一体の安らがぬ死者が、ひとつの家や畑に縛られているかのように付きまとうことが多い。群れになると奇妙な振る舞いを見せ、誰も名を知らない場所の周りを輪になって歩き回る。
  • いったん火がつけば死者は容易に滅びるが、焼かれた者は数時間くすぶり続け、作業を急いだ場合には今なお這い進むことがある。

遭遇

最もよくある遭遇は戦いではなく、気配である。夜明け前に戸を引っかく音、刈り入れ畑の端に立つ影、雨の降らぬ夜なのに礼拝堂の床を横切る濡れた足跡。暴力が生じるのは、彼らが妨げられたときである。ソーンウィックの製粉業者は、その証言がカルドメアに残っているが、死んだ妻が毎晩揺りかごのそばに立ちに来ると誓った。彼が子を別の場所に埋葬すると、妻は両手で階段を壊した。証言の後半は文書館では繰り返されない。震える手で書かれ、のちに司祭によって線で消されたからである。

彼らが何を望んでいるかは問うな。彼らと共に地中から何が奪われたのか、そして大地がなぜ静まることを拒むのかを問え。

灯守堂の欄外注記。家と年代は不確か

行間の余白には、ある名前が繰り返し現れる。聖歌街道を行く旅人たちは、詩篇の死者のことを語る。それは、聖歌隊の見習いが天の傷痕の連禱を稽古する場所で立ち止まる死者の蜂起だという。もっとも蒼白の聖歌隊は、その話を中傷だとして非難している。北方には灰の妻がいる。焼かれるのが遅すぎた花嫁で、婚礼のたびに三度戸を叩き、霜で作った白い花を残すと言われる。こうした存在は、一つの物語をまとう多くの死者であるか、多くの死者をまとう一つの物語であるかもしれない。文書館はそのどちらの可能性も記録するが、どちらにも与しない。

灯守の対処

最も確実な予防は古く単純である。三夜目の前に遺体を焼くことだ。ハスクは三世紀にわたってそうしており、それを慈悲と呼ぶ。ほかの土地では、炎が魂を解き放つのか、墓での安息を奪うのかを、家族が今も論じ合っている。焼くことが拒まれた場合、灯守は敷居に塩を撒き、墓を冷たい鉄で囲み、扉の上に灯を置く。彼らの灯は見た目に特別なところはない。角の側板、濃い油、黒く焦げた芯。だが、その筐体のなかには、担い手についての書面の記録、すなわち名、負債、顔、道筋が収められている。灯守たちは、死者は忘却を糧にし、紙の上で完全に保たれた生から背を向けるのだと言う。

  • 第一の鐘:家に印をつけ、行方不明の者を数え、歌は歌わない。
  • 第二の鐘:戸口に灰の線を引き、子どもと老人を一室に集め、火は一つだけ残して少しずつ燃やす。
  • 第三の鐘:焼くことが法に適うなら焼く。適わなければ縛り、量り、灯守か冬がそれを終わらせるまで見張る。
  • その後:灯守に報酬を払い、死者の名を一度声に出して呼び、外から同じ名が繰り返されても答えてはならない。

説明のつかぬこと

一つの亡骸が起き上がり、隣が起き上がらない理由を説明する法は存在しない。年齢、聖性、暴力、埋葬の儀礼がいずれも非難されてきたが、どれにも例外がある。灰術が広く教えられる以前から起き上がりの記録があったことを指摘し、灰焼き職人たちは、自分たちの業が記憶と肉体の境界を薄めるとして非難されることを恐れている。敵対者は、最初期の記録は遅く、怯えており、不完全だと答える。灯守は、残酷な冬のあとや、大きな記憶が費やされた土地で起き上がりが濃くなることに注目している。たとえば、メイラ・トーの最後の術の後の虚ろ野がそうである。ただし注目されることは証明ではない。

最も奇妙な傾向は西への流れである。大半の安らがぬ死者は、墓や戦場など、故郷の周りを巡るだけである。ごくわずかな者は、普通の空虚さをさらに超えて空っぽになり、イルムの階段の方へ歩き出す。遠くからは灰色の巡礼者と見間違えられるが、匂いが正体を明かす。彼らが巡礼者を追うのか、羨むのか、それとも冬に海上に開く同じ蒼白の輝きに呼ばれるのか、信頼できる記録は文書館にはない。

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  1. 第1日, 大分断後312年霧月1日 執筆: 安らがぬ死者に関する中核の獣類誌ページを新規作成。姿、習性、遭遇、灯守の実務、未解決の疑問を収録。 1,042語